東京から終電で帰ってきた昨夜。酒を飲みつつのミーティングの内容は核心をつくものばかりでした。東大の内部事情の話題から始まり、ネットゲーム開発に関すること、おいらにとって重要な10年後の言語市場について、などなど。

自己保身が確立されていない今、おいらはなんとかして将来のソフトウェア業界で食いつなぐ手法を模索しなくてはなりません。単純に就職先の会社でえらい人になることがそうなのか、はたまた、この路線のまま、ABを成熟させてそこでなんらかのアクションを待つのか…。

まだ自分の考えがまとまってないのが現状ですが、双方ともおいら的には納得いかないことは確かです。まだ若い証なんでしょうか…「会社人間なんかにゃなりたかぁねーよ」みたいな幼稚な考えを持つこともそうですが、やはり、おいらの本音は(技術的レベルは百歩譲って無しにしてやって下さい)将来のソフトウェア社会に大きく貢献していきたいことです。これは、システムソリューションの構築に積極性を持って取り組むんでもなく、ネイティブコンパイラの世界を突っ込みまくるのでもなく、もっと単純な、純粋な話です。

で、結論から言うと、「進化しつづけるコンピュータと人間との関連性」これにつきます。この間を取り持つのは、「言語」なんですよね〜。よく考えてみてください。言語というものは、他の生物が持ち合わせない、人間のみぞ知る、特別なモノなんですよ。人間ってのは何万年前だかわかんないっすけど、その頃から言語を持ち、その形を変えながら成熟させて、今の楽しい世界があるんですよね。その多大性には震えたつものがあります。

コンピュータが生まれてからはまだまだ半世紀ほどしか経っていません。付け加えると、オブジェクト指向が騒がれてから早30年。しかし、オブジェクト指向の技術が本当の意味で広まってきたのは、ここ10年という、そういうレベルでの話です。ハードウェアの進化は正直いってすごいです。気付くと早さや容量が10倍とかになってますし、まぁ、凡人からするとありえないスピードだといえます。しかし、そのハードウェアを操るための「言語」そのものの進化は遅いんですよね。なぜなんでしょうか。

人間が本来持ち合わせるコミュニケーション言語の成長過程と、コンピュータ言語の成長過程を比べることは非常に興味深い考察なのかもしれません。やはり、経験の無いおいらは簡単にこういうところにハマってしまうんです。

昨夜は自宅へ帰ってから(PM11:30頃)、明け方4時くらいまでこのことで頭がイッパイになってしまってって感じで、もう大変なんですよ。やはり、将来は「人間」のみが持ち合わせる「言語」という特別な機構に携わっていきたいというのが本音です。「言語」はある意味政治のようなもので、それを利用する大多数の人たちのことを考えなければならず、今後はますますエリートがやる分野になっていきそうです。

そういうことでして、おいらが持つ「言語」への意識がここ最近で大きく変化したことを踏まえ、今後の長いスパンでの方向性を確実に捉えていきたいところです。確実にわかっているのは、おいらが勉強不足だってこと。それこそ、言語に関する知識の低レベルさにもほどがあるぞと、自分に言い聞かせたいほどです。まずはこういうことがわかったので、勉強あるのみです。自分で「勉強します」というのは、気持ち悪いのですが、もうそんなこと言っている場合じゃないです。

このように大袈裟にさわいでみたんですが、まずはコーヒーでも飲んで、落ち着きますわ。午後は地元のヤツと遊びいく約束してるし・・・♪←ヒマな学生という精神は捨ててない/(–)/